40代・50代になると、「考えているつもりなのに、なぜか判断が苦しくなる」と感じることがあります。
それは能力の問題ではありません。
組織や役割の中で、考え方の回路そのものが変わってしまうからです。
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判断ができなくなったのではない
多くの人は、
「最近、決めるのが遅くなった」
「判断に自信が持てなくなった」
と感じると、自分の衰えを疑います。
けれど、現場で起きているのは判断力の低下ではありません。
判断する必要がない状態に、慣れてしまった、それだけのことが多いのです。
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「正解を探す癖」は、性格ではない
正解を探し続けてしまうのは、慎重だからでも、臆病だからでもありません。
多くの場合、仕事の中で身につけてきた学習の結果です。
判断すると責任を問われる
意見を言っても採用されない
結局、決まっていることが多い
こうした経験を重ねると、人は自然に学びます。
「正解が見つかるまでは、動かない方が安全だ」
これは怠慢ではなく、自分を守るための合理的な行動です。
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もう一つの理由は「諦め」に近い感覚
判断をしなくなる理由は、正解探しだけではありません。
40代・50代になると、ふと、こんな感覚がよぎることがあります。
「この先、自分がやる仕事は、だいたい見えてきたな」
20代・30代の頃のように、次々と新しいことに挑戦するフェーズではなくなる。
そう感じた瞬間、人は無意識にこう考え始めます。
「どうせ大きくは変わらない」
「もう決まっている流れの中にいる」
この感覚が強くなると、考えること自体に力が入らなくなります。
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判断を手放すと、心は少し楽になる
正直に言えば、判断をしない方が楽な場面もあります。
間違えなくて済む
責任を負わなくていい
波風を立てずに済む
だからこそ、判断を手放す回路は、静かに定着していきます。
その結果、
「考えていないわけではないのに、決められない」
という状態が生まれます。
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判断とは、正解を当てることではない
判断とは、本来こういうものです。
情報は完全ではない
未来は分からない
それでも、自分なりに決める
正解かどうかは、後から分かるものです。
にもかかわらず、正解を探す癖や、諦めの感覚が重なると、
正解が見えない限り動かない
誰かの判断を待つ
決めないことを選ぶ
こうして、判断はますます重くなります。
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サラリーマンのプロとは何か
私が考える「サラリーマンのプロ」とは、正解を知っている人ではありません。
自分は何を大切にして判断するのか、それを持っている人です。
正解かどうかよりも、自分の価値観に照らして判断できること。
それができると、判断は少しずつ取り戻せます。
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次回に向けて
正解探しの回路や、「もう決まっている」という諦めの感覚は、長い時間をかけて身についたものです。
だからこそ、一気に変える必要はありません。
次回は、正解を「誰に求めるか」で、仕事の意味がどう変わるのか、その話をしていきます。
編集後記
この記事で書いている内容は、
私自身が31年間、BtoB営業と営業マネジメントの現場で経験し、
悩み、反省し、考え続けてきたことそのものです。
なぜ、今この仕事をしているのか。
何を大切にし、何を伝えたいのか。
その背景については、こちらに正直に書いています。
▶ 私がこの仕事をしている理由

営業やマネジメント、組織のあり方について、
同じような違和感や課題を感じている場合は、
こちらもご覧ください。
▶ JSMについて(プロフィール・支援内容)

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