40代・50代になると、
「ちゃんと考えているはずなのに、決めきれない」
と感じる場面が増えてきます。
それは、判断力が落ちたからではありません。
多くの場合、正解を求める相手が変わっているだけです。
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正解を探している“つもり”の状態
仕事をしていると、
私たちは無意識に「正解」を探します。
上司はどう言うだろうか。
会社としてはどうなのか。
前例はあるのか。
評価は下がらないか。
一見すると、真面目に考えているように見えます。
でも実際には、
「誰の判断に従えば安全か」を探しているだけのことも多い。
ここで探しているのは、
正解そのものではありません。
責任の置き場所です。
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「もう決まっている」と感じた瞬間、人は考えなくなる
前回、
「もう決まっていると感じた瞬間、人は考えなくなる」
という話を書きました。
これは、意欲や能力の問題ではありません。
最終的には上で決まる。
どうせ自分が決める話じゃない。
責任は自分にない。
そう感じた瞬間、
人は自然と、思考を止めます。
考えない方が楽だからでも、
サボっているからでもありません。
考えても意味がない構造に置かれているだけです。
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正解を「どこ」に求めているか
ここで一度、立ち止まって考えてみてほしい。
今、自分は
正解をどこに求めているだろうか。
上司の判断か。
組織の空気か。
評価制度か。
過去の成功例か。
それとも、
自分が引き受ける前提での判断だろうか。
正解を探すこと自体が悪いわけではありません。
問題は、
正解を「自分の外側」に置ききってしまうことです。
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判断を預けると、仕事は重くなる
正解を他人に預けきると、
仕事は次第に重くなっていきます。
うまくいけば、誰かのおかげ。
失敗すれば、自分の責任のような気がする。
このねじれた状態は、
想像以上に人を消耗させます。
判断していないのに、
結果だけは引き受けている。
この感覚が、仕事を苦しくするのです。
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サラリーマンのプロは、正解を「自覚」している
私が考える
サラリーマンのプロは、
正解をたくさん持っている人ではありません。
正解を
誰に求めているのかを、自覚している人です。
今回は上司の判断に乗る。
今回は自分で引き受ける。
今回は距離を取る。
その切り分けを、
無意識ではなく、意識して行っている。
それだけで、
仕事の重さは大きく変わります。
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判断は、取り戻そうとしなくていい
判断を取り戻そう、と力まなくていい。
急に主導権を握る必要もありません。
ただ、
「今、自分は誰の正解を探しているのか」
それに気づくだけで十分です。
気づいた瞬間、
仕事は少しだけ、自分の手元に戻ってきます。
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最後に
立場が上がるほど、
判断の場所は、静かに変わっていきます。
その変化に気づかないまま働くと、
ある日ふと、
「考えなくなった自分」に出会うことになる。
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ここに書いているのは、
正解ではなく、判断の材料です。
私自身、組織の中で判断を引き受ける立場にも、
判断を預けきってしまった立場にも、
何度も立ってきました。
その中で見えてきたのは、
仕事の重さは能力ではなく、
判断の置き場所で変わるということでした。
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次は、
なぜ立場が上がるほど、現場から離れていくのか
その構造について書きます。
正解ではなく、
判断の話を続けます。
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編集後記
この記事で書いている内容は、私自身が31年間、BtoB営業と営業マネジメントの現場で経験し、悩み、反省し、考え続けてきたことそのものです。
なぜ、今この仕事をしているのか。
何を大切にし、何を伝えたいのか。
その背景については、こちらに正直に書いています。
▶ 私がこの仕事をしている理由

営業やマネジメント、組織のあり方について、同じような違和感や課題を感じている場合は、こちらもご覧ください。
▶ JSMについて(プロフィール・支援内容)

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